大学院ゼミ読書会【第二期】

第47回 2018年7月6日(土)午前10時半~午後0時半 

テキスト: Henry James “The Turn of the Screw”

於 成蹊大学10号館2階第一中会議室

参加者:菅原、髙瀬、大武、板垣、田浦、松丸、小宮山 (輝)

■レポーター:高瀬、田浦

  今回は第3章(高瀬)と4章(田浦)を読んだ。語り手”I”であるガヴァネスが、過去を回想する形で物語は進められる。彼女はマイルズの帰還(退学処分)を受け入れるとともに、自分が美しい二人の兄妹の家庭教師を仰せつかった高揚感で、浮き足立った夏を過ごしていた。時を同じくして「ある男」と遭遇する。一度目は夜の散歩に出たときに向かいの塔の上に立つ男の視線と対峙し、二度目は庭からダイニングを覗き込む男の顔を部屋の中から発見する。急いで外に探し出るが男の姿はなく、代わりに窓の外にガヴァネスを見つけたグロースさんが、部屋の中で先の彼女と同じようにショックを受けた表情をしたのだった。

 この正体不明の男の登場の仕方、ガヴァネスが男を認識してゆくプロセス、そしてそれを後に書き留めるときの心理などをガヴァネスの視点から追ってゆくと、そこには「自意識過剰な若い女」の姿が見えた。それは彼女の言葉遣いから読み取れる。男は最初”the person”と指し示され、彼女はその人物を憧れの雇い主と勘違いする。それが”an unknown man”だと気づいたとき、彼女はその顔を”it”として扱う。また彼女は「見られている」という意識から、その男を”my visitor”や”my own visitant”と形容し、見られている/求められている対象は自分だと思い込むが、窓から覗く男の視線が「ほかのもの」を見つめていると気づいたとき、衝撃を受ける。これらが記憶に基づいて書き起こされた文書という点から、田浦はガヴァネスが思い出すときの不安定さについて指摘し、一貫性を持った概要を作ることへの難しさを述べた。また高瀬は建物に使われている部品を画像で紹介し、屋敷および敷地内部の配置についてその描写のしづらさについても指摘した。(報告者:小宮山真美子)

*読書会後、午後2時~5時開催の、成蹊大学文学部主催スペシャル・レクチャーズ「英語教育レクチャーズ:いま、あらためて考える英語教育」に全員で参加した。講師の阿部公彦先生が引用したJane Eyreの箇所が、たまたまガバナスと当主の絡みだったので、皆で顔を見合わせる瞬間もあった。

第47回 2018年5月26日(土)午前10時半~午後0時半 

於 慶應大学三田ラウンジ

テキスト:Henry James “The Turn of the Screw”

参加者:菅原、小宮山、髙瀬、板垣、田浦、松丸

レポーター:板垣、小宮山

 今回は第1章と第2章を読んだ。1章からはgovernessによって書かれた手記の内容が書かれていて、語り手は、前章語り手の男 “I” からgovernessに変わっている。また、1章で書かれている手記は、前章に出てきたDouglasから男の語り手 “I” の手に渡り、語り手 “I” によって書き写されたものである。一言一句governessの手記の言葉と一致しているかは定かでないという点もJamesらしい設定であり、読みの際には気をつけなければならないと皆で確認しあった。

 第1章では、語り手governess がBlyにある館に到着して幼いフローラと家政婦のグロース夫人に出会うが、その晩に彼女は奇妙な音を耳にする。担当した板垣は、特に “I” が用いる語りの時制に注目し、語り手が手記を書いている時の気分と当時の気分との違いを注意深く確認していった。当時の語り手は美しい館とフローラに気分が高揚したり、一方で駆け出しの自分に仕事が務まるか不安に苛まれたりと “a little see-saw” のように過ごしているが、手記を書いている時点の彼女は館に対して懐疑的な印象を抱いている。

 第2章では、館の将来の主人となるマイルズが放校処分となったことが発覚する。前章でグロース夫人と仲良くなった governess だったが、彼女が前任の家庭教師について尋ねるとグロース夫人と奇妙な問答になる。また、マイルズは周りを「堕落させる(contaminate/ corrupt)」存在であるという表現について注目が集まり、これらの語は『オイディプス王』にも出てくる単語であるという先生からの指摘もあった。小宮山はグロース夫人とのやりとりを心理戦という言葉を用いて表現していた。マイルズとの対面を前に、すでに物語は心理戦の様相を見せ始めている。(報告者:松丸彩乃)

 第46回 2018年4月28日(土)午後1時半~4時 

於 成蹊大学10号館5階515

テキスト:Henry James “The Turn of the Screw”

参加者:菅原、小宮山、高瀬、大武、板垣、田浦、松丸

レポーター:菅原、松丸

 今回からHenry Jamesの“The Turn of the Screw”(1898)を読んでいく。初回なので序章の部分を前半と後半に分けて読んだ。枠物語といえるこの数ページは時間の流れと人物関係が整理しづらく、常に確認したり議論したりしながらディスカッションは進められた。また、Jamesの英語がそもそも複雑である。発表者はひっかかりが生じうるセンテンスをあえて取り上げ、みなで数種類の訳を読み上げ解釈を検討するという一幕もあった。

 書かれていることは語り手の「私」が暖炉を囲んで話をした数日間を振り返っているという内容が主である。そのとき、「私」はダグラスという人物からガヴァネスの女性、マイルズ、フローラの話を聞いた。その後、「私」は死の間際にあるダグラスからその話が書かれた手記を託されたとのことであるが、本編はこの手記を「私」が「正確に書き写したものである」という。この「正確」さの程度、この経緯が説明されるタイミングの唐突さ、他人の手記を利用するというモチーフに見られるホーソンとの類似、などが指摘された。ダグラスに送られてきたガヴァネスのmanuscriptの存在がすべての始まりなのだから、“The Turn of the Screw”は幽霊の話という以前に過去の人間たちの話である、というコメントが耳に残っている。

 その他、Jamesは口述筆記で作品を作っていたという伝記的情報や、ガヴァネスという存在の階級性、ダグラスの話を聞くオーディエンスの存在、インドという細部から覗ける歴史背景などなどが議論にあがった。今後も楽しみである。(報告者:板垣真任)

*読書会後、前回まで読んできた“Apt Pupil”(1982)の映画版『ゴールデン・ボーイ』(1998)をみなで鑑賞した。(8号館101教室)