学術論文

75 「排除/包括を演じる集会:ジュディス・バトラー『アセンブリ』への応答」『成蹊英語英文学研究』第21号 2018年3月

74 ”The Pacific in the Easter/Western Hemisphere: Latitude and Longitude in Melville’s Nautical Discourse.” Seikei Review of English Studies, no. 20, March 2017. 1-18.

73投票ブースの中で起こったこと:<差異>についての国民的意思の<差異>」『現代思想:特集トランプ以後の世界』2017年1月136~143

72 「『アーサー・ゴードン・ピムの物語』における半球的想像力:緯度と経度とモンロー・ドクトリン」』『成蹊英語英文学研究』第20号 2016年3月 1~18頁

71 「グローバリゼーションの中で(大学は、英文学会は、日本は、そして自分は)どこに立つのか?」第87回日本英文学会全国大会 特別シンポジアム「大学の抱える今日的問題と人文学的『知』の狭間で」『日本英文学会』プロシーディング 2015年 92~93頁

70 「グローバリゼーションの中のポール・ド・マン」第九回日本英文学会関東支部夏季大会メインシンポジウム「21世紀批評におけるレトリックの可能性:ポール・ド・マンの歴史的意義」『日本英文学会関東支部会報』プロシーディング2015年 157~158頁

69「グローバリゼーションの中の人文学:魅惑する時間と偽りの約束」『成蹊英語英文学研究』第18号 2014年3月1~20頁

68「21世紀における惑星的想像力:globeの濫喩についての一考察」『成蹊大学紀要』2014年3月173~187頁

67「傷と声:ポール・ド・マンにとって言語とは何だったのか?」『思想』(岩波書店)2013年7月号 75~94頁

66 ”Infectious Terror in ‘Edward Randolph’s Prtrait’: Transatlantic Threat and the Monroe Doctrine, ” Seikei Review of English Studies,  no. 17. March, 2013. 1~14

65 「モンロー大統領は『ドクトリン』を提示したのだろうか?:第七次年次教書の精神分析的読解」『成蹊英語英文学』(成蹊大学英米文学科)第16号 2012年3月 19~37頁

64 「暴力と赦し:アレントからデリダをへて21世紀世界の新たなるレトリックを求めて」『人文・自然研究』(一橋大学教育研究開発センター)第5号 2011年3月 231~255頁

63 「盲目と閃光:視覚の病としてのトラウマの原点には爆発がある」『成蹊英語英文学研究』第15号 2011年3月 1~10頁

62「21世紀グローバルコミュニティ・の不安:PTSDの系譜学に人文科学が寄与できること」 『トラウマティック・ストレス』(金剛出版 2009年9月 vol.7 no.2)31~39頁

61 「恐怖と快楽のはざまで:その死においてさえ彼は大衆の欲望をパフォーマンスしたのだろうか?」(篠原沙里 『現代思想』 2009年8月『臨時増刊号』 総特集=マイケル・ジャクソン)42~50頁

60「『核』の空間/言語の空間:containment と deterrenceのレトリック」 『アメリカ研究』(日本アメリカ学会)第42号 2008年3月 21~42頁

59 「テロルと反知性主義:恐怖の中で/恐怖を超えて思索すること」 『成蹊英語英文学研究』(成蹊大学英米文学科) 第12号 2008年3月

58 「文学研究が実践であり続けるために」 『英語青年:特集文学系文化論の可能性』 2007年11月号

57「アメリカ国家のメランコリー−−記号のパイオニア J・バトラーのスピーチ・アクト」2006年『現代思想増刊号』第34巻第12号

56 「『モーセと一神教』は21世紀の正解に何を伝えているのか?:集団のトラウマという発見」 『埋葬と亡霊ートラウマ概念の再吟味』 2005年3月(人文書院)

55「デリダ・正義・アメリカ:”perhaps, perhaps”という声がする」 『現代思想:特集ジャック・デリダ』 2004年12月(青土社)

4 「『核』の表象を終わらせないために~ジェノサイドと抑止のレトリック 『現代思想』 2003年8月(青土社)

53 「トラウマという場所-我々は現実界との出会いを希求しているのだろうか?」 <心の危機と臨床の知>Ⅰ『トラウマの表象と主体』(甲南大学大学院人文科学研究科人間科学専攻学術フロンティア共同研究プロジェクト、2003年3月1日発行)

52 「PTSDをめぐる時間-Post(の後で)をつかむ旅」 『PSIKO』 Vol.29 (2003年2月号)

51 “Rhetoric of Miscegenation as Textual Politics in Mid-nineteenth Century America.” Proceedings of the Kyoto American Studies Summer Seminar, July 25-July 27,2002(第7回京都アメリカ研究夏期セミナー報告書 2003年2月)

50 「『自由の帝国』と表象の全体主義 :”Liberty” makes sense.」 『現代思想:特集 アメリカを知れ』 2002年10月(青土社)

49 “Rhetoric of Miscegenation as Textual Politics in mid-nineteenth Century America.” Proceedings of Kyoto American Studies Summer Seminar :July 26-July28, 2001 (forthcoming 2002, Center for American Studies, Ritsumeikan University, Kyoto)

48 「トラウマという場所:我々は現実界との出会いを希求しているのだろうか」 <<心の危機と臨床の知>>第1巻 『トラウマの表象と主体』(新曜社)

47 「俺じゃない、エイハブはあいつだ:ポスト9.11のレトリックのために」  『ユリイカ』2002年3月号

46 「“現実界”の白い影:2001年9月11日以降に『白鯨』を読むために」  『英語青年』2002年1月号

45 「遠くから殺す/近くから書く:モダニズムの書としてのジョン・ハーシー『ヒロシマ』」   『アメリカ文学のミレニアム』(国重純二退官記念論文集第二巻収録 2001年12月 南雲堂) 44 「国家が殺されて歴史言説が誕生する:アンティゴネがもたらすエシックス」  シリーズ『歴史を問う』第五巻「歴史が書きかえられる時」 (2001年11月 岩波書店)

43 「尾崎豊と声のポリテイックス:人は盗んだバイクで走りだせたのか?」  『文藝別冊 尾崎豊特集』(2001年4月)

42 「トラウマ」という概念の衝撃」  『トラウマへの探求』収録 (2000年5月)

41 「記憶と歴史の新たなる関係:二十世紀の歴史を手にいれるために」  『歴史とトラウマ』収録 (2000年3月)

40 「起源という暴力を記憶せよ: 『法の力』をめぐって」  『現代思想: 特集 デリダ』 (1999年3月)

39 「バタフライナイフは他者の語らいを希求する: ラカンのL 図をめぐって」  『現代思想: 特集 主体とは何か』 (1998年10月)

38 「尾崎豊 声の殉教者: 日本語高低アクセントの反乱」 『現代思想: 特集 液状化する日本語』 (1998年8月)

37 「クレオールのアメリカ合衆国: セラピーするアメリカ文学」 『英語青年』 (1998年4月)

36 「人種の混交/テクストの混交:『大統領の娘』における父の声と国家アメリカ」 『成蹊英語英文学』 (第一号)(1998年3月)

35 「苦しんでいるのは誰なのか? コンパッションをめぐるリボリューション」  『現代思想: 特集 ハンナ・アレント』 (1997年7月)

34 「国民国家のヴォイス・トレーニング」  『現代思想』 (1997年6月)

33 「欲動という脈絡: 精神分析に出来ること」 『現代思想: 特集 精神分析に出来ること』(1996年10月)

32 「ヒステリーはなぜ消えたのか? 文化論的/記号論的考察」  『イマーゴ: 特集ヒステリー』(1996年7月)

31 ”Can Metafiction Construct America? Steve Erickson’s Arc d’X ”  『成蹊大学文学部紀要』(第31号 1996年3月)

30 「トマス・ジェファソン再利用:混血とナショナリティ」 『英語青年』(1995年10月号)

29 「トラウマの記憶: 画像、 音声、 そして証言 」 『現代思想 :特集 ショアー』(1995年7月)

28 アメリカ女性エドナ・ポンテリエ:クリオールの書として『めざめ』を読む  『アメリカ文学評論』第14号(1994年)

27 “Disinherited Son of Salem :Hawthorne Writing Hawthorne Inside/ Outside The Custom-House’” Toyoko English Studies, no.3  March,1994.

26 『イスラエル・ポッター』とアメリカ独立革命  『アメリカ文学評論』 (筑波大学アメリカ文学会)第12号(1993年3月)

25 “The Thrust with Swords: Testimony and In a Grove by R.Akutagawa” Toyoko English Studies, no.2, March, 1993.

24 “Testimony and History: Referential Power of Signs in ‘SHOAH’” Toyoko English Studies, no.1, March, 1992.

23 ヘミングウェイと女性性:パパになれなかったパパ・ヘミングウェイ   『東横学園女子短期大学紀要』第25号(1990年)

22 ロマンスと所有権:メルヴィルのアメリカ/アメリカのメルヴィル 『英語青年』 ( 1990年5月号)

21 言葉は誰のもの?:フェミニズム批評と今日のアメリカ文学批評  『東横学園女子短期大学 女性文化研究所十周年記念号』(1990年)

20 さまよえるアメリカネス:フェミニズム批評とアメリカ研究の共演 『紀要』(東横学園女子短期大学)第23号(1988年)

19 ラカン的テクスト読み:The Fictional Father について 『アメリカ文学』(日本アメリカ文学会東京支部会報)第47号(1987年)

18 記号作業の場としてのテクスト:Billy-Budd にみるメルヴィルの境地 『ありす:英米文学研究』第7(1986年)

17 ”Benito Cereno”研究:読むこと/書くことをめぐって   『アメリカ文学研究』(日本アメリカ文学会)第22号(1986年)

16 現代批評において女性性の果たす役割一考察:フェミニズム文学批評 『紀要』(東横学園女子短期大学)第21号(1986年)

15 ことばのこわばり:”Madame Zilensky”における女の孤独  『ありす:英米文学研究』第6号(1985年)

14 アメリカ西海岸における女性研究の動向と展望  『紀要』(東横学園女子短期大学)第20号(1985年)

13 個から普遍へ:普遍から個へ:1つの批評体験 『会報』(青山学院英文学会)第25号(1984年)

12 『ブライズデイル・ロマンス』研究:女性ゼノビアとカオス 『ありす:英米文学研究』第4号(1983年)

11 非連続の世界におけるStranger:H. Melvilleの『詐欺師』について  『アメリカ文学』(日本アメリカ文学会東京支部会報)第39号(1981年)

10 E.A.ポー:崩壊についての一考察 『言語と文学』第23号(1981)

09 K.A.ポーター研究:ミランダ物語における喪失感について 『論集』第4号(1980年)

08 ウイリアム・フォークナー:”The Bear”における儀式と時間感覚 『ありす:英米文学研究』第1号(1980年)

07 メルヴィルのアンビギュイテイについて(3):『白鯨』における逆転 『紀要』(青山学院大学文学部)第21号(1980年)

06 メルヴィルのアンビギュイテイについて(2):手法とテーマに関する一考察  『言語と文学』第22号(1980年)

05 メルヴィルのアンビギュイテイについて(1):解釈の書としての『白鯨』  『言語と文学』第21号(1979年)

04 ヘンリー・ジェイムズ「ジャングルの野獣」:「野獣」の3つの姿 『論集』(青山学院大学大学院英米文学研究科)第3号(1979年)

03 ウイラ・キャザー:芸術家の誕生における「切断」と「連続」の意義 『会報』(青山学院大学英文学会)第20号(1979年)

02 A STUDY OF HERMAN MELVILLE: A CONSIDERATION OF THE CONFLICT IN ‘BILLY-BUDD’  東京女子大学卒業論文1972年

01 AMBIGUITY IN MELVILLE’S MOBY-DICK 東京女子大学修士論文 1978年)

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