書評、その他

54 巻頭言「マンハッタン”島”滞在記」『アメリカ学会会報』(日本アメリカ学会)2013年7月 1頁
53 書評:都甲幸治『偽アメリカ文学の誕生』―「偽者」のテクストとは何か:戦後生まれの日本人がアメリカという国家に対してとるべきスタンス 『図書新聞』2010年3月6日
52 書評:水村美苗『日本語が亡びるとき:英語の世紀の中で』 『図書新聞』2009年2月21日
51 書評:ウォルフガング・シヴェエルブッシュ『敗北の文化:敗戦のトラウマ・回復・再生』
 『東京新聞』2007年10月21日
50 書評:エイミー・ベンダー:『私自身の見えない徴』 書評:『東京新聞』2006年4月16日
49 書評:野間正二『戦争PTSDとサリンジャー:反戦三部作の謎を解く』 書評『英語青年』2006年3月号
 
48 書評:「鈴江しょう子・植野達郎編著/『英米文学のリヴァーヴ』」 『アメリカ学会会報 No.157』2005年春(The American Studies Newsletter)
47 『核特集』 『アジア太平洋研究 NO28』2005年春(アジア太平洋センター)
46 書評:「斉藤奈美子を読む/斉藤奈美子として読むー自らの言葉で、自分とモノの関係をつなぎ直すために」 『図書新聞』 2005年2月19日号(平凡社)
45 書評:明石紀雄『モンティチェロのジェファソン』 『アメリカ学会ニューズレター』2004年春
44 「日本の戦争記憶と大衆文化の表象」 PSIKO 第18号 2002年3月
43 書評:明石紀雄『モンティチェロのジェファソン』 『アメリカ学会ニューズレター』2004年春
42 書評:巽孝之著『プログレッシヴ・ロックの哲学』
 「ペーソースを響かせる声~文明論を背景にプログレの存在意識を語る」 『図書新聞』 2003年7月5日号(平凡社)
41 書評 山下昇(編)『冷戦とアメリカ文学:21世紀からの再検証』 (世界思想社) 『アメリカ文学研究会、第39号』2002年
40 <表象の全体主義>に抗して
隠蔽されたパレスチナ人という実体 『週刊読書人』2003年3月28日
39 KEYWORD-5 BRAIN「トラウマ記憶とオリジナリティ」 【!MAG. 】 March 2003 (Free Paper)
38 「語る声を得るために」 『週刊読書人』9月第四週「読書日録」 
37 「テクストの中の死体―大江健三郎と渡辺淳一」 『週刊読書人』10月第一週「読書日録」 
36 「活字情報とネット情報
 『週刊読書人』9月第四週「読書日録」 
35 「トラウマ記憶とオリジナリティ」 スリーミンネット 2002年6月1日
34 「『真の他者』の出現としてのアメリカ同時多発テロ:危機に瀕する共同体の記憶」 PSIKO 第13号 2001年10月号
33 「日本の戦争記憶と大衆文化の表象」 PSIKO 第7号  2001年8月号
32 「心の傷に言葉を与えること-トラウマと声」 PSIKO 第2号  2000年11月号
31 「イエール短信 12」 日本の研究者は、米国のレトリックを取捨選択していく先導者に・・・。  PSIKO 第18号 2002年3月
30 「イエール短信 11」 戦後日本の文化的記憶、そして”アジアの中での日本”と世界-裏返された新文脈から立ち現れる日本文化の断面 PSIKO 第16号 2001年1月
29 「イエール短信 10」 人類の知を拡大、修正する行為に惹かれる人間のみが、大学の研究者たりうるのに・・・ PSIKO 第15号 2001年12月
28 「イエール短信  9」 グローバルという名の落とし穴-ワールド・トレード・センター110会からは「自由の女神」と「エリス島」が見下ろせた PSIKO 第13号 2001年10月
27 「イエール短信  8」 「住む」ことのグラデーション PSIKO 第12号 2001年9月
26 「イエール短信  7」 生前の原動を再読するという行為-ティモシー・マクヴェイと『白い影』の二つの死 PSIKO 第11号 2001年8月
25 「イエール短信  6」 アメリカの大学にみる競争社会の真のダイナミズムとブッシュ・スピーチの含蓄 PSIKO 第10号 2001年7月
24 「イエール短信  5」 「真実を指し示す言葉の力」ホロコーストの証言が伝わる可能性 PSIKO 第9号  2001年6月
23 「イエール短信  4」 「国と国」「学と学」、二つの中間地帯での不安と興奮 PSIKO 第8号  2001年5月
22 「イエール短信  3」 「アメリカの神話」という物語の現実度とその自己点検 PSIKO 第7号  2001年4月
21 「イエール短信  2」 アメリカが求める学校教育のすがた PSIKO 第6号  2001年3月
20 「イエール短信  1」 アメリカ文化に見る権力の委譲 PSIKO 第5号  2001年2月
19 「肉声の残骸」 「読売新聞」2000年7月1日夕刊 土曜文化欄
18 「トマス・ジェファソン もう一つのアメリカ史」 「週刊朝日百科」第46号 2000年6月
17 「二十世紀の言葉」 「学燈」2000年5月
16 「ショアーについて」 (『図書新聞』1996年10月号)
15 アメリカ文学批評と『ショアー』 『「ショアー」 の衝撃』pp.172-179 (未来社 1995年 6月)
14 中村紘一『メルヴィルの語り手たち』(臨川書店1992年) 『アメリカ文学研究』(日本アメリカ文学会)第29号(1993年3月)
13 「屋根の上のユダヤ人」 『英語青年』 (「海外新潮」1992年3月号)
12 「メルヴィル研究と現代批評」 『英語青年』( 海外新潮)1991年12月号)
11 「見えざる手は見えるのか?」 『英語青年』(「海外新潮」1991年 9月号)
10 「もう一つのリンケージ問題」 『英語青年』(「海外新潮」1991年 6月号) 
09 「生活を操作するイメージについてーー女性とイメージ」 『女性文化研究所報』第8号
(1991年)
08 ショシャナ・フェルマン『語る肉体のスキャンダル』 (解説 ”ショシャナ・フェルマンとしてのショシャナ・フェルマン”)  剄草書房(1991年)
07 Neal L. Tolchin, ”Mourning, Gender, and Creativitiy in the Art of Herman Melville ”(Yale U.P. ) 『英語青年』(1989年4月号)
06 「女性と文学ーー新しい読み方に向って」 『ニューズレター』「女性文化研究所報」第2号 (1988年)
05 伊藤詔子『アルンハイムへの道:エドガー・アラン・ポーの文学」  (桐原書店)  『アメリカ学会会報』)89号(1988年)
04 Nina Baym, “The Scarlet Letter: A Reading “( Twayne Publishers: Boston 1986) 『ニューズレター』(日本ナサニエル・ホーソーン協会)No.7 (1988年)
03 Robert Con Davis ed., “The Fictional Father: Lacanian Readings of the Text” (The University of Massachusetts Press) 『女性文化研究所報』第1号(1987年)
02 Sharon Cameron, “The Corporeal Self: Allegories of the Body in Melville and Hawthorne”(The Johns Hopkins U.P.) 『ニューズレター』(日本ナサニエル・ホーソーン協会)No.3 
01 山口昌男『知の祝祭』(青土社) ありす:英米文学研究』第2号(1981年)

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